戸田奈津子のスターこのひとこと:『スペンサー ダイアナの決意』
Photo credit:Pablo Larrain
スペンサー ダイアナの決意

■10月14日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:STAR CHANNEL MOVIES

【STORY】
1991年12月24日、英国ロイヤルファミリーの人々は、例年どおりエリザベス女王の私邸に集まった。しかし、道に迷ってしまったダイアナ妃は女王より遅れて到着してしまい…。

このコーナーでは、字幕翻訳家の戸田奈津子さんが最新映画のセリフから、「生きた英語」を学ぶヒントをピックアップしていきます。

 離婚を決意するダイアナ妃の葛藤を、1991年クリスマスの3日間に集約して描いた『スペンサー ダイアナの決意』。夫チャールズ皇太子との離婚が囁かれるなかで精神的に追い詰められ、もがき、あがく姿が痛々しい。正直なところ、私としてはダイアナ妃の物語というより、美しい心理的ホラー映画を見ているような感じでした。もちろん、シャネルのイブニングドレスなどの衣装やセットデザインなどは華麗にして豪華。主演のクリステン・スチュワートもアカデミー賞主演女優賞の候補になっただけに、巧いです。
 まず、ダイアナ妃を縛り、精神的に追い詰めている最大の要因は王室のtradition(伝統・しきたり)。彼女を監視している侍従のグレゴリー少佐はこう忠告します。

グレゴリー少佐:No one is above tradition.

人は伝統を超えてはなりません。

 超えられない多くの伝統のひとつに“クリスマスになると王室の人間は晩餐会の前に体重を量らねばならない”があります。それも前世紀の遺物のような、重り式の体重計で! いやいやながらそれに従ったダイアナ妃の自嘲的な言葉は、実際に有名です。

ダイアナ:I’m half jewellery anyway.

どうせ私の体重の半分は宝飾品よ。

 人前に出る時は、いつも全身に高価な宝飾品をつけることもしきたり。しかし、そう言ってから、王室の人々の感情を気にして「It’s a joke.(冗談よ。)」と言い訳をつける彼女が哀れです。
 晩餐会はもとより、多くの行事に出席する時に身につける洋服も伝統にのっとり細かく決められています。そんな生活だけでも息が詰まるのに、夫チャールズ皇太子は愛人との関係を続けているからストレスはたまるばかり。徐々に平常な精神を保てなくなっているダイアナ妃に、夫も子どもたちも気づき始めます。

チャールズ皇太子:Maggie(maid)says she thinks you’re cracking up.

マギー=メイドは、君の頭が壊れかけているようだと言っているよ。

 <crack up >は「物がバラバラに壊れる」こと。また、長男のウィリアム王子も心配して。

ウィリアム:Mummy, you’re being really silly.Just switch off your mind for everyone’s sake.

マミー、マミーはすごくヘンだよ。みんなのために、頭のスイッチを切って。

 <silly>は「バカな」の意味で「Don’t be silly.(バカはやめて。)」と軽く言う場合もありますが、ここではもう少し深刻。「ちょっとヘン」「思慮に欠けている」という意味です。
 <for everyone’s sake>は、「(誰々)のために」。たとえば「Please behave youself for my sake.(お願いだから、私のためにお行儀を良くして。)」、「I did it for your sake.(僕は君のために、そうしたんだよ。)」など。日常的によく使われるフレーズですから覚えておきましょう。
 英国王室にはドラマチックなエピソードが満載。当然、“事実は小説より奇なり”ですから、私たち平民には想像もつかない華やかにして壮絶な人間ドラマが山ほどあって、歴史劇が好きな私としては興味がつきないのです。それにしても、これだけあからさまにスキャンダルを描くことを許している寛大な王室は、他にはありません。さらに、スキャンダルで騒がれながらもちゃんと国民から敬愛されていることにも感心してしまいます。奇しくも今年は、エリザベス女王の即位70周年“プラチナ・ジュビリー”の祝典が各地で行われ、お祝いムード一色。70年もの間、戦争も政治の変遷も王族たちのスキャンダルも受け止めて、毅然と一生を貫いていらっしゃる女王さまは本当にすごい! 尊敬するばかりです。

▽“ 鉄の女”と呼ばれたマーガレット・サッチャーの晩年と輝かしい過去を対比しながら描く伝記映画

『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』より

英国初の女性首相を演じたメリル・ストリープがアカデミー賞主演女優賞を受賞。シーンは、主婦のマーガレットが、スーパーにミルクを買いに行き、値上がりしたことをご主人にグチるところから。

Milk has gone up. Forty “P”a pint.

ミルクが値上がりしたわ。1パイント、40ピーよ。
Point

“P”はPennyの略。イギリスで買い物をすると、レジでみんながピー、ピー言っているでしょ(笑)。たとえば「Ten pound five pence(10ポンド 5ペンス)と言うのは面倒なので、「Ten pound five P」というのです。ちなみに<pence>は<penny>の複数形ですから<2P=2pence>。旅行者は訪れた国のお金の呼び方をしっかり覚えておかないと、戸惑いますよ。

(情報は記事公開時点「9月1日」の内容です)

あなたにオススメ