1月に放送されて大好評を博したテレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」に続き、松本幸四郎主演による“新たな鬼平”第二弾として劇場版『鬼平犯科帳 血闘』が公開された。今作で本格的に登場するのが「鬼平犯科帳」シリーズでも特に人気のキャラクター・おまさで、密偵として「鬼平」こと長谷川平蔵の活躍を陰で支えることになるきっかけが描かれる。おまさを演じる中村ゆりに、この役柄の面白さ、難しさなどを伺った。
正解はわからない。でも“今を生きている人”として演じたい
時代劇の世界は現代の自分たちの生活とは違うシチュエーションや常識のなかで動いていくので、所作や決まりごとを自分のなかに落とし込む必要がありました。ただ、所作指導の先生から、「扉を開けるときは丁寧に」という指示があったとしても、感情的になっている時や、急いでいる時、誰も見ていない時にいちいちそんなことはしないだろうなと思って、スタッフの方々と相談しながら少しでも“今を生きている人”にしていきたいと意識していました。どんな時でも、そこに“生活”があってほしいなと思っていたので、ご飯の食べ方に、お茶の飲み方……着物に着慣れておくということも大きな課題のひとつでした。京都のスタッフの方々は本当にプロフェッショナルで、セットひとつひとつ、本当に抜かりがないのです。おまさのメイクや衣装についても、髪の毛1本までこだわって丁寧な仕事をしてくださいました。私のウブ毛をどのラインで生かすかや、絶妙にちょっとだけ視線が強く見えるようになど、そういったところまできっちり作ってくださいました。渋めな色のお着物もそうです。みなさんに身をゆだねて形作っていただいたおまさの外見も、演じる上ですごく手助けになりました。
あとは話し方ですよね。あの時代に生きていた人はいないから、正解がわからないんです(笑)。あまりカッコつけても良くないし、どう自分のなかでリアリティを持って表現していくかというのが難しかったです。おまさはミステリアスでいつも冷静でいるキャラクターで、あまり感情表現がない人です。でも今回の劇場版はのちに「鬼平」と呼ばれる銕三郎さんとおまさの過去がしっかりとフィーチャーされている作品ですし、私が演じるのなら、その冷たさのなかにある人間らしさもきちんと深掘りができたらいいなと思いました。おまさはどういうところで自分の感情を出すのだろうか? 例えばどんなことに対して怒りを持つのだろうか? おまさはスマートで、性格も行動も潔い。だけどすごく複雑な人間でもある。そんなふうに自分のなかで探っていきながらキャラクターを構築していきました。
おまさと「鬼平」の過去にあるドラマを想像して演じる
おまさは盗賊の娘として生まれて、「鬼平」になった銕三郎さんと再会するまでは盗賊の世界で生きてきた人です。 それでも環境に染まらない強さがあって、自分のなかのルールをしっかり持ちながらやってきたタイプだと思うんです。盗賊のなかにも“盗賊のルール”があって、ルールを守らない兇賊に対する怒りが人一倍強い。この世界でしか生きることができないという宿命は受け入れつつも、これだけは絶対に許せないという気持ちを持って生きてきたのだろうと思います。そういう美学やプライドは、銕三郎さんとも共通するものがありますね。おまさにとって銕三郎さんは、封建的な身分制度を越えて初めてひとりの人間として接してくれた人です。命を捧げてまでその人を支えるというのは、並大抵のことではないじゃないですか。銕三郎さんはおまさにとってあこがれであり、生きていく指針みたいな存在だったと思います。あの時代は身分の差や人々の境遇も含めて想像しがたいことが多かったのですが、そこを理解してやっと行動が感情とともに紐づいてくるようになりました。
今回、初めて時代劇としっかり向き合ってみてわかったことですが、人間模様というか、人としての営みのなかで生まれる気持ちは今とあまり大差がないです。もちろん今よりも寿命は短いですし、銕三郎さんやおまさは特に死が隣り合わせにある場面が多いです。でも、そのような世界のなかで人々がどんな選択をしていたのか。その生き方は今の人たちも学べることがたくさんあると思います。時代劇を見慣れていない方にも、新鮮な気持ちでそういう部分を楽しんでいただけたら嬉しいです。テレビシリーズでも、これからは密偵たちがチームになって動いていくので、もっといろんなことに挑戦できたらいいですね。
Text:真鍋新一 Photo:平野司 Styling:小川未久 Hair&Make:藤田響子
YURI NAKAMURA
大阪府生まれ。2003年に女優デビュー後、映画、ドラマ、舞台などで活躍。『パッチギ! LOVE&PEACE』(2007年)で全国映連賞女優賞、おおさかシネマフェスティバル新人賞、『市子』(2023年)で高崎映画祭最優秀助演俳優賞を受賞。近年の出演作に『Fukushima 50』(2020年)、『窓辺にて』『母性』(2022年)、『嘘八百 なにわ夢の陣』『仕掛人・藤枝梅安』(2023年)、『あまろっく』(2024年)など。おまさ役として引き続き「鬼平犯科帳 でくの十蔵」(6月放送)、「鬼平犯科帳 血頭の丹兵衛」(7月放送)にも出演する。
時代劇専門チャンネル
6月8日 後7.00~8.30 再放送=9・14・21・30
火付盗賊改方の同心・小野十蔵は、盗賊・助次郎の探索中、その女房おふじが、助次郎を殺した現場に遭遇する。身重のおふじに同情した十蔵は、助次郎の死体を隠しておふじをかくまう。そのころ助次郎も加わっていた盗賊の頭・野槌の弥平を追っていた火付盗賊改方は、一味の小房の粂八を捕縛するが…。
24年<<出>> 松本幸四郎、柄本時生、仙道敦子、中村ゆり、和田聰宏、本宮泰風、浅利陽介、山田純大、久保田悠来、藤野涼子、波岡一喜、窪塚俊介/橋爪功