日本で65歳以上の高齢者が人口の3割近くを占め、介護を巡る事件が後を絶たない。この社会が抱える問題に鋭く切り込んだ葉真中顕の第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作を『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』などの前田哲監督が映画化した『ロストケア』。社会派エンターテインメントである本作で、介護士でありながら42人を殺めた殺人犯・斯波宗典役を演じた松山ケンイチと、その彼を裁こうとする検事・大友秀美に扮した長澤まさみが作品への思いを語ってくれた。
さまざまな社会の問題点が描かれた原作を映画化
松山「人生を謳歌している人がいる一方で苦しんでいる人も。この違いって?」
松山:前田監督と10年ほど前から温めていた企画なんですが、人はどんなふうに最期を迎えるのかといったことをはじめ、さまざまな社会の問題点が描かれた原作に興味を持ち、映画化に参加したいと思いました。人生を楽しんで謳歌している人がいる一方で、とても苦しんでいる人もいる。この違いってなんだろう?って考えたことがない人が多いし、僕もそうでした。原作が発表された当時は介護に関係した事件は少なかったけど、今はそうとは言えません。これから先にさらに深刻化するテーマだと思います。
長澤:脚本を読んで、家族が家族を介護するべきという暗黙のルールにとらわれない価値観に共感して出演したいと思いました。
実力派俳優2人が真っ向から競演
長澤「斯波の催眠術にかかっていくようなイメージがあった」
松山:長年携わってきただけに煮詰まってしまった面もあるところに長澤さんが入ってくださったおかげで動き出す感覚があったんですよね。
実際に大友として出てくる表現が本当に凄くて、迫力がありました。
長澤:そう言ってもらえてありがたいです。監督が撮影前に疑問点を聞く会を開いてくれたので入って行きやすかったです。
松山:長澤さんとは初共演でしたが、クライマックスのシーンではかなり自由に演じさせていただきました。机と椅子だけのシンプルなセットだったので、より目の前にいる大友という人間に集中できました。
長澤:大友は個人的に抱えているものがあるけれど、検事として正しく人を判断しないといけない立場にあります。でも、斯波の催眠術にだんだんとかかっていくようなイメージがあって、大友としての倫理観が揺らいでいくところが演じていて難しかったですね。
作品のテーマについて
松山「他人事とは思わずにぜひ自分のこととしてこの作品を見て欲しい」
松山:斯波の行動は全面的に肯定できるかどうかは置いておいて、全面的に否定することはできないんじゃないかと思いました。介護は孤独で追い詰められがちです。なにかしらのセーフティネットがあってもその選択肢があるということにたどり着くことすらできない状況はとても不幸なことだと思います。こういう情報はなかなか教わる場面が少なくて。情報の共有がいかにできるかというところに問題解決の糸口があると感じています。でも、現状では斯波のようになる可能性が誰にでもありえると思います。
長澤:人はどんなに努力をしても老いから逃れることはできないですよね。私は母と将来や老後について日常的に話をします。正解が導き出せるかはわからないけれど、話しているうちに考えがまとまることは多いので、話し合うことは大事だと思ってます。
松山:寿命はどんどん伸びて生活も変わってきていますが、社会は後手後手にならざるを得ません。この作品では人間の本質と、理想と現実の対比が描かれていると思います。他人事とは思わずにぜひ自分のこととしてこの作品を見ていただきたいですね。
長澤:具体的に行動に移すのは難しいかもしれないけど、まずは関心を持って考えることから始めて欲しいです。この作品が考えたり人と話したりするきっかけになるといいなと思います。
KENICHI MATSUYAMA
2001年、ホリプロ×Boon×PARCOの共同企画オーディション「New Style Audition」でグランプリを獲得し、2002年に俳優デビュー。近年の出演作品は、『ノイズ』(’22)、『大河への道』(’22)、主演映画『川っぺりムコリッタ』(’22)など。現在放送中のTBS金曜ドラマ「100万回言えばよかった」、NHK大河ドラマ「どうする家康」に出演。公開待機作に『大名倒産』がある。
MASAMI NAGASAWA
1987年6月3日生まれ。
2000年、第5回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞し、同年に女優デビュー。近年の出演作品は、映画『コンフィデンスマンJPシリーズ』(’19~’22)、『シン・ウルトラマン』( ’22)、『百花』( ’22)、ドラマ「エルピス-希望、あるいは災い-」( ’22)など。WOWOW「松尾スズキと30分強の女優」3月25日放送予定。
Photo:菅慎一 Text:入江奈々 【松山ケンイチ】Styling:五十嵐堂寿 Hair&Make:勇見勝彦(THYMON Inc.) 【長澤まさみ】Styling:MIYUKI UESUGI (SENSE OF HUMOUR) Hair&Make:根本亜沙美
早朝の民家で老人と訪問介護センターの所長の死体が発見された。捜査線上に浮かんだのは、そこで働く斯波宗典(松山ケンイチ)。介護家族に慕われる献身的な介護士だった。検事の大友秀美(長澤まさみ)は、彼が働き始めてからの自宅での死者が40人を超えることを突き止め…。
監督:前田哲
出演:松山ケンイチ、長澤まさみ[ほか]
●2023年3月24日(金)全国ロードショー
(情報は公開時点のものです)