藤沢周平の傑作長篇小説を原作に、隠居した藩主用人の穏やかな日々と、人知れず事件を解決する鮮やかな活躍を描くオリジナル時代劇シリーズ『三屋清左衛門残日録』の最新第5作となる『三屋清左衛門残日録 陽のあたる道』の放送が決定した。
これを記念して、主人公の三屋清左衛門を演じる北大路欣也がインタビューに登場。
5作目を迎えた現在の心境や、いま時代劇を作り続けることの意味など、ざっくばらんに語っていただいた。
「清左衛門はなかなか追いつけない理想の人物」
シリーズ第1作『三屋清左衛門残日録』は2016年放送。
以来、ほぼ年1作のペースで主人公を演じ続けている。
『剣客商売』や『銭形平次』など、これまで多くの作品で人気キャラクターを演じてきた北大路欣也は、本作の主人公・三屋清左衛門という人物をどのように捉えているのだろうか。
「第1作からもう5年も経ちましたか。最初、僕はこの役ができるかどうか、自信がなかったんです。清左衛門は本当に懐の深い人物で、どんな問題にも臨機応変に対応できる。年齢的には清左衛門は僕より下という設定なんですが、それでも彼に追いつけない。今回に至るまで、ずっと憧れるような気持ちで役に挑戦してきました。」
『三屋清左衛門残日録』の特色は、現役を引退した主人公の穏やかな生活描写にも比重が置かれていることだ。
旧友との再会や、過去からの深い因縁……そこにこのドラマならではの魅力がある。
「人間ですから、当たり前すぎて忘れてしまうことってたくさんあると思うんです。でも清左衛門は、どんなに小さなことも見逃さず、恵まれた自分の立場を素直に「幸せだ…!」と感じることができる。そんな素敵な場面が今回の作品にもあります。そして清左衛門はかつて、殿の補佐として世界で一番すごいと言えるぐらいの働きをさりげなく、スッとこなしてこられた。自分が受け持った立場や仕事を、きっちりと完璧にやり切ろうという想いを持った人だと思います。だから隠居をしていても相談がくるし、仲間にも尊敬されている。本当なら僕も隠居をしていてもいい歳なんですがね、一生できないと思う(笑)。清左衛門は僕にとって、本当に理想の人物です。」
「江戸時代の人々は本当の知恵というものを持っていた」
映画『親子鷹』で実父・市川右太衛門の息子役でデビューしてから65年。
昭和、平成とさまざまな時代、さまざまなメディアで時代劇の主人公を演じてきた。
さまざまな役を演じ、背負ってきたその積み重ねのなかで発見したことは、今回の作品にも大いに反映されているという。
「僕が時代劇を好きなのは、江戸時代の人々はもしかして今の僕たちよりも進んでいたんじゃないか? と思えるところです。清左衛門が生きていた時代は、一歩外に出たらまともに帰れるかわからない、そういう緊迫した時代でした。情報は一部の人が握っていて、一般の人たちまで行き渡っていません。寒くても、暑くても、お腹が減っても、自分の五体五感を信じてやっていかなければならない。車もないから、どこへ行くにも自分の足です。そんな世界で揉めごとを収めながら社会の秩序を守っていた人たちのことは、大尊敬に値しますね。きっと精神的にも肉体的にもすごかっただろうなと。そういう意味で時代劇の主人公をやらせてもらえることは、僕にとってものすごく大きな誇りなんです。」
ひと口に「時代劇」「江戸時代」と言っても、演じる役柄は殿様、浪人、町人……と身分も多岐にわたっている。
いろいろな立場からあの時代について想いを馳せることで、見えてくる風景も自ずと変わってくる。
「この間からずっと考えていたんですが、東京の街にはやっぱり江戸の雰囲気が残っているような気がしませんか。ひとつひとつの建物は新しくても、街全体で見ると江戸時代に築かれたものが確かに生きている。最初にこの土地を開いた人たちは大変よく考えていて、本当の知恵というものを持っておられたんだなぁと改めて感じました。」
「時代劇だからできる、画面を通じた対話」
厳しい時代を生き抜いてきた江戸時代の人々の知恵は、長い道のりをたどって時代劇のなかに息づいている。
作品で描かれる人々のセリフや所作のなかにある、人々が生きていく上で必要な根本的な様式やルール。
10代の頃から時代劇の主人公を演じながらスタジオで学び、成長してきた北大路は、それを誰よりも感じていたことだろう。
「僕は戦後まもない時期に少年時代を過ごしました。想像してみてくださいよ。本当に何にもなかった。「お月さまでうさぎが餅つきをしているよ」と言われて育ちましたから。月にうさぎがいると信じていたのに、まさかそこに人間が立つなんてね(笑)。あの頃のことを考えたら、こんなに世の中が発達していいものかと思うくらいです。僕はその進歩についていけてない部分がたくさんあるんですが、それとは逆に、生きていく上で教わってきた“基本的な文法”を忘れないでいることも大事なんじゃないかと思うんです。それはきっと江戸時代から脈々と受け継がれてきた人々の知恵でもある。」
時代劇で描かれることはすべて単なる昔話なのかといえば、決してそんなことはない。
「歴史は繰り返す」という言葉があるように、同じ生身の人間たちが生み出すドラマという意味では、現代劇と同じように楽しむことができる。
場合によっては現代の問題を、時代劇がより鋭く見せてくれることも…。
「現代劇と違って、時代劇は舞台となる世界が今と離れている分だけ、お客様も少し引いて見てくださるところがある。その、ちょっと引いてくださるところに大きな想像力の幅があって、そこに僕らが想いを込めていける余地がある気がするんです。「なるほど、そういう考え方もあるのか!」とか、「今も昔も、それはダメだよ」とか、画面を通じてお客様とこんな対話ができればいいなと。江戸時代の人々や、これまでお世話になったたくさんの先人たちに教わってきたことを少しでも体現したい。それが僕の仕事であり、使命だと思っています。」
時代劇ならではの魅力、時代劇が現代の人々に教えてくれるものとは一体なんだろうか。
その答えは、『三屋清左衛門残日録』で北大路欣也が演じる主人公が教えてくれるだろう。
放送情報
■放送日
日本映画+時代劇 4KにてTV初放送
2021年9月20日(月・祝)19:00~21:00 ほか
原作:藤沢周平(『三屋清左衛門残日録』文春文庫刊/「闇討ち」文春文庫『玄鳥』所収)
出演:北大路欣也、優香、松田悟志、小林綾子、宮川一朗太、高橋和也、勝野洋、木場勝己、金田明夫、小野武彦、西岡德馬、麻生祐未、伊東四朗
監督:山下智彦
あらすじ
桜の花がほころび始めた春の頃、清左衛門は生まれたばかりの孫とのふれあいを何よりの楽しみとして、穏やかな日々を過ごしていた。
ある日、清左衛門を訪ねてきた江戸詰めの近習頭取から、十年前に御納戸頭・半田守右衛門が起こした収賄事件が、実は濡れ衣だった可能性があると聞かされる。
さらに、頼まれて半田の行状を調べていくうちに、思いもよらぬ事実を知ることになる。
同じ頃、かつての道場仲間で、過去の失態により不遇のまま隠居となった清成権兵衛と再会する。
清成の誘いで道場の同輩・植田与十郎も交えて酒を酌み交わし、剣の手合わせをして旧交を温めるが、清左衛門は清成の言動に不穏なものを感じていた。
その矢先、藩内の派閥争いを根とする事件が起こり…。
家族と共に生きる悦び、旧友たちとの思い出、そして彼らが抱える複雑な思いなど、清左衛門の心の中を様々なものが去来していく。
「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ―」