海外の空気を味わう映画『場所はいつも旅先だった』松浦弥太郎の初監督ドキュメンタリー
©︎ Mercury Inspired Films LLP

文筆家、書店オーナー、暮しの手帖・元編集長の松浦弥太郎が初めて監督を務めた映画『場所はいつも旅先だった』。海外の空気を味わえる上質な旅ドキュメンタリー映画だ。小林賢太郎の朗読、アン・サリーの主題歌にも癒される。エッセイ集を読むように、贅沢な海外の旅気分を味わってみては?

松浦弥太郎監督の来た道を辿る

エッセイ風の海外旅ドキュメンタリー映画

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サンフランシスコ(アメリカ)、シギリア(スリランカ)、マルセイユ(フランス)、台北・台南(台湾)、メルボルン(オーストラリア)の都市をめぐった旅を1本にまとめあげたドキュメンタリー映画『場所はいつも旅先だった』。 松浦弥太郎が初めてメガホンを取ったことでも話題になった作品である。松浦監督が旅をするときは、「そこに人間のいとなみ(生活や暮らし)があって、それがいちばん美しいと感じるから」という理由で、早朝5時頃と深夜2時頃に街に繰り出すといい、本作の撮影も早朝と深夜に行われた。人々との出会いとかけがえのない日常を、飾らない言葉でひとつひとつ綴るエッセイ集のような映画に仕上がっている。また、旅のシーンが変わるときに写される人や街並み、料理などの写真も印象的だ。

撮影はコロナ前の2019年5月から7月に実施されたが、主にスケジュールの都合で松浦監督が現地に行けたのは台北のみ。そのため、映像素材をロケ地からオンラインで共有して作品作りを進行したという。まさに時代に先駆けてのリモート仕事である。本作の本質は、“松浦弥太郎の人生の歴史”=“いつかの来た道を辿る旅の映画”であるということで、監督が現地にいるかいないかということ以上に、監督がよろこび、そして驚くような映像を撮影するということを意識したそうだ。

本作の魅力のひとつは、まるで自分が旅をしているような目線の映像だ。マルセイユのバーで出会った女性店員を「しばらく目で追っていた」という朗読後の、まさに“目で追っている”映像からは、きれいな店員に見惚れる感覚や少しの緊張が感じ取れる。考えられた構図や丁寧な編集、旅先の空気をより濃く醸す音楽が合わさり、アートとしての完成度も高い作品である。

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松浦弥太郎
クリエィティブディレクター、エッセイスト(文筆家)。
2002年セレクトブック書店の先駆けとなる「COWBOOKS」を中目黒にオープンし、オーナーを務めた。2005年から15年3月までの9年間、創業者大橋鎭子のもとで「暮しの手帖」の編集長を務め、その後、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。Dean & Delucaマガジン編集長で、ユニクロの「LifeWear Story 100」の責任編集を手掛けるなど多岐にわたって精力的に活動を展開している。ベストセラーは「今日もていねいに」、「しごとのきほん くらしのきほん100」など。他多数の本の執筆も行っている。映画『場所はいつも旅先だった』は、松浦自身が2011年に著した旅にまつわる自伝的エッセイ集「場所はいつも旅先だった」と同名のタイトルながら、内容は映画オリジナルで、松浦が世界5カ国・6都市を自ら旅して、1本のドキュメンタリー映画としてまとめあげたものである。

小林賢太郎とアン・サリーの優しい音に包まれて

柔らかな語り口と音楽で作品を色づける

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ドキュメンタリー映画である本作は、丁寧に切り取られた現地の映像で構成されている。映像内の人物たちによる語りのシーンなどはなく、演出家、作家、脚本家などさまざまな肩書きを持つ、小林賢太郎による朗読が観る人を旅の世界へと誘う。結構な文量の朗読であるが、小林の柔らかな語り口はそれを感じさせず、そっと言葉たちが作品に添えられているようで心地が良い。

“小林賢太郎”と“世界旅行”と言われて思い浮かぶのは、劇作「振り子とチーズケーキ」(2013年)だ。落ちていた誰かの世界旅行記を拾った図書館職員の物語で、『場所はいつも旅先だった』で松浦弥太郎が描いたテーマのひとつでもある、“旅をすることで(多角的に)自分を見つめる”ということと重なる部分も感じられる劇作である。『場所はいつも旅先だった』は、松浦弥太郎ファンはもちろん、小林賢太郎ファンにも刺さる作品だろう。

そして主題歌に使用されているアン・サリーの「あたらしい朝」が、本作を1本のドキュメンタリー映画としてやさしくまとめ上げている。実に目にも耳にも贅沢な旅時間である。
まるで海外旅行を疑似体験できるような楽しい気分になれる、おすすめ作品だ。

監督・松浦弥太郎からのコメント

まるで「針のない時計」のような旅

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「ただいま」と言うと、「どうだった? 旅」と聞かれる。「うん、よかったよ」と答えるけれど、何がよかったのかを話すのはむつかしい。家族や友に、あの日あのときあの場所のひとときを話したいけれど、よかったこととは、目の前で起きたことではなく、僕の心のなかで起きた、静かな安らぎや、ほんのささやかな喜び、やわらかくしなやかな気分とか、そして、すべてへの感謝といういのちの灯火、心地よい風に包まれたほんとうの自由、というような。僕の旅は、そういうなんと言ったらよいか、予定をつくらず、ただちがった街へゆく、何をしにでもなく、何のためでもない、ちがった街のちがった一日のなかにいるだけのしあわせ。忘れていたひとりの自分に出会うために歩く、まるで「針のない時計」のような旅だと思う。
そんな旅を伝えたくて、いつものように文章や言葉ではなく、映画という、僕にとって新しい手段で作ってみようと思いました。あなたと一緒に歩いているかのように。旅の終わりの早朝、その街のいちばん高いところへゆき、遠くかなたにいるあなたへ大きく手を振る僕なのです。

『場所はいつも旅先だった』

<作品情報>
10月29日(金)より渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開
製作年:2021年
製作国:日本
監督:松浦弥太郎
プロデューサー:石原弘之
朗読:小林賢太郎
主題歌:アン・サリー「あたらしい朝」
監督補:山若マサヤ
制作進行:門嶋博文
撮影:七咲友梨
録音:丹雄二 
編集:内田俊太郎
デザイン:澁谷萌夏
配給:ポルトレ
公式HP:https://yataro-itsumo-tabisaki.com/

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