ノンフィクション作家・小説家として独自の世界を構築する沢木耕太郎が自身の集大成として朝日新聞に連載した傑作小説『春に散る』。アメリカで起業家として成功し、40年ぶりに帰国した元ボクサーの広岡仁一が、ボクシングをやめた黒木翔吾と出会い、不完全燃焼だったボクシングチャンピオンへの情熱を再び取り戻す。瀬々敬久監督がメガホンをとったこの胸熱の人間ドラマで、心臓に病を抱える仁一を演じた佐藤浩市と複雑な家庭環境で育った翔吾に扮した横浜流星に、作品に対しての想い、そして初めての共演についての感想を語ってもらった。
現代にアップデートさせた師弟関係が与えた新鮮味
横浜「翔吾は仁一との印象的な出会いに、運命的なものを感じていた」
横浜:翔吾は仁一とトラブルになった若者の仲間だと思われ、一発のパンチでぶっ倒される…その印象的な出会いに、運命的なものを感じていたのだと思います。そこからボクシング指導が始まり、仁一は厳しい言葉をかけるけれどいつでも翔吾の味方でいてくれました。ボクシングシーンや、試合のシーンはすごくハードで、身も心も削られて疲弊していたんですけど、どんな時でも浩市さんが寄り添っていてくれたことに毎回支えられていました。翔吾は仁一に救われて、いろんな気持ちを感じてたと思うんですけど、自分も浩市さんにはそういう気持ちを抱いていました。
佐藤:いつも言うんだけど、数十年前の映画とは立ち位置が違うんだよね、お互いの。こういうストイックなスポーツものは、師弟関係というか年長者が多くを語らず「背中だけ見てろ」みたいになりがちだから。そういう定番をやめて、もう少しフラットにしようというニュアンスのことを最初の頃に流星と話しました。かと言ってただ仁一が若者たちに迎合していたわけではなくて、そんな卑屈な姿勢では何の感動も得られないだろうし。そうではない、いい意味でのケンカ腰ではあった。仁一と翔吾の間で良い関係性ができていたからこそ、この映画がある種の新鮮さ、今までとはちょっと違う心惹かれる作品として見えるのではないかな。
撮影現場での印象的なエピソードについて
佐藤「40年前だったら今回とは逆のポジションに俺がいた」
横浜:撮影ですごく印象に残ったのは、浩市さんが「流星のやりたいようにやっていいよ」と言ってくださったこと。常に受け止めてくれるので、自分はもう本当に飛び込むだけでした。あと、撮影入りの前に浩市さんにミットを構えてもらって、本番のように手合わせできたのもすごく良かった。話さなくても心で通じあえるものがあったので。
佐藤:40年前だったら今回とは逆のポジションに俺がいた。リングの上で汗と火花と血しぶきをあげて~というのを目に焼き付けるからこそセコンドとして「いけえ~、翔吾」って言えるわけで。流星たちがどれだけ真剣にやってくれるかによってこっちの気持ちの入り方が変わるわけだから。それが分かっているから、どれだけ大変なのかは分かるんだよね。
横浜「毎日を必死に生きる翔吾にシンパシーを感じました」
横浜:翔吾として生きていた時は、もう悔いはないというか、いい世界が見られた。翔吾の「今しかない、だからちゃんと燃え尽きたい」という思いは自分も常日頃から感じていることだったので、毎日を必死に生きる彼にシンパシーを感じました。世界戦を最後の方の撮影にしてくださったので、翔吾を通じていろんな想いがこみ上げてきて…。それは今までの日々の生活で味わったことのない感情で、これから先もないんじゃないかっていうぐらいに今は思えます。
瀬々敬久監督の演出について
佐藤「この物語は仁一が教えるだけじゃなくて、彼も教わる話」
横浜:初めて瀬々監督にお会いした時に漫画「ZERO」を渡され、「翔吾をこういう役にしたい」とお話いただいてすごく参考になりました。撮影は12月だったんですけど、ボクシングの訓練は4月ぐらいから始まっていて、監督は何度か練習を見に来てくださったり、台本が出来上がっていく中で話をしたり、現場でもいろいろお話しできた。翔吾はあまり感情を表に出さない今どきの男の子というよりはちょっと無骨な古臭さがある男なのですが、ちゃんと一瞬一瞬を大切に生きているところを切り取っていきたいと監督から言われて、そこは大事にしていました。
佐藤:瀬々監督と話をしたのは、この物語は仁一が教えるだけじゃなくて、彼も教わる話なんだということ。仁一はもしかしたら近いかもしれない終末に対して逃げてて、それが翔吾たちの戦い様を見て腹がくくれたという覚悟の話で。ボクシング映画というのは実は嘘がバレやすいものなんだけど、役柄に対する向き合い方…真剣みというかな、そこが流星は違う。それがこの映画の核になっているということなんだよね。
佐藤「今回一緒に演じたことで横浜流星という人間を知ることができた」
佐藤:今回一緒に演じたことで、横浜流星という人間について10すべて知ったわけではもちろんないけど1~2は知ることができた。同じように流星だって俺の全部ではないものの1つくらいは感じて、見て、見るという行為を意識的にしてくれた。そういう中で、もし数年後また共演して顔を合わせた時に、たぶんお互いニヤっと笑いあえるんだろうなと。「また一緒ですね」という他人行儀な感じではなくて、ニヤっと2人で笑えるかどうか、そういうことだと思うんですよ。
RYUSEI YOKOHAMA
1996年9月16日生まれ。
2011年に俳優デビュー。2019年に第43回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。近年は『流浪の月』『線は、僕を描く』(’22)、『ヴィレッジ』(’23)ほかで新境地となる演技を披露。2025年放送予定のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~」では主人公・蔦屋重三郎に扮する。
KOICHI SATO
1960年12月10日生まれ。
1980年に俳優デビュー。日本アカデミー賞最優秀主演男優賞に輝いた『64 -ロクヨン- 前編』(’16)ほか数々の代表作を持つ。本年は『せかいのおきく』『大名倒産』に続いて7月公開『キングダム 運命の炎』、10月に『愛にイナズマ』が待機するなど、9本の映画に出演。
Photo:平野司 Text:足立美由紀 【佐藤浩市】Styling:喜多尾祥之 Hair&Make:及川久美 【横浜流星】Styling:伊藤省吾(sitor)Hair&Make:永瀬多壱(Vanites)
不完全燃焼のまま夢をあきらめた元ボクサーの広岡仁一(佐藤浩市)は、不公平な判定負けに怒り、一度はやめたボクシングをゼロから教えてほしいと黒木翔吾(横浜流星)に頼み込まれる。心臓に病を抱える彼は断るが、翔吾の熱意に心を動かされ…。
監督:瀬々敬久
出演:佐藤浩市、横浜流星ほか
●2023年8月25日(金)全国ロードショー
(情報は公開時点のものです)