伊坂幸太郎の連作短編集を原作に、『愛がなんだ』の今泉力哉監督が映画化した『アイネクライネナハトムジーク』を紹介します。三浦春馬演じる「普通」の会社員の物語を軸にしたいくつかの物語が、場所と時代を超えてゆるやかにつながっていく。そんなちょっと変わった群像劇です。タイトルの由来はもちろんモーツァルト作曲の有名なクラシック。EINE(ある)KLEINE(小さな)NACHAT(夜の)MUSIK(音楽)、という意味です。
名コンビ、三浦春馬×多部未華子の成熟した演技
『君に届け』以来4年に1度、カップル役で共演
大学を出てからも相変わらず女性に縁のない純朴な青年・佐藤(三浦春馬)。
友人である一真(矢本悠馬)と由美(森絵梨佳)の夫婦の家に出入りしては、恋愛に対する欲のなさを理不尽に責められてばかり。
おまけに仕事上の失敗によって街頭アンケートを集める業務を命じられてしまい、誰も見向きもしてくれない寒い夜、仙台駅前に立ち尽くすのでした。
そこへ偶然やってきてアンケートに答えてくれたのが、就職活動中の紗季(多部未華子)。
もしかして、もしかすると運命の人かもしれない、と佐藤は淡い期待を寄せますが、しょせんは偶然言葉を交わしただけのただの他人。
また会える保証はどこにもありません……。
三浦春馬と多部未華子は人気少女マンガの映画化『君に届け』(2010年)で初共演。
以来、ドラマ『僕のいた時間』(2014年)と本作と、4年に1度、3回共演しています。
この10年に近い期間は2人がともに20代から30代へと差し掛かる時期であり、作品と作品の間にそれぞれ役者としてのキャリアを積み重ね、成熟した演技を見せます。
三浦曰く「気心知れたワークパートナー」。
これもまた映画と同じ、偶然のめぐり合わせでした。
三浦春馬だってこの世界に生きる1人の人間である
三浦春馬という役者が才能あふれる二枚目である、というのは誰もが認めるところだと思います。
彼がブレイクする前後に目立っていたのは、新垣結衣主演の映画『恋空』(2007年)や仲間由紀恵主演のドラマ『ごくせん 第3シリーズ』(2008年)といったケータイ小説やコミックの映像化作品への出演でしたし、どうあっても原作との比較が避けられなかった『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』前後編(2015年)が成立したのも、現実離れした世界観に説得力を持たせる彼の存在感があればこそ。
ブロードウェイミュージカル『キンキーブーツ』(2016、2019年)で演じたドラァグ・クィーン役もまた彼の代表作で、二枚目役者としての華やかな魅力をフルに活かしたものでした。
ところが本作で彼が演じるのは「普通」の、それもかなり冴えない会社員役。
そのままの彼であれば、そこにいるだけでバリバリ仕事ができるように見えますし、どんな女性も惚れ惚れしてしまいそうなものですが、ここではそういったキラキラしたオーラがまったく削ぎ落とされています。
人と変わらぬ平凡な毎日を生き、人並みのささやかな幸せを求め、どうしようもないことで悩む。
その人間臭い彼の姿を見るたびに、彼もまた自分と同じ世界を生きる1人だったのだと思い知らされます。
ある意味で新境地と言える役柄を好演した本作でしたが、生前に公開された映画としてはこれが最後の作品となってしまいました。
群像劇を彩る素敵な共演陣と音楽
誰もが主人公になりうる物語
本作はあくまでも群像劇であり、主演の三浦春馬もいろいろな登場人物がいる中の1人であって、彼ひとりだけが主人公というわけではないのが面白いところ。
映画が始まってしばらくしても、なかなか彼の物語は始まりません。
美容師の美奈子(貫地谷しほり)とそのなじみ客(MEGUMI)のまったりとした会話や、佐藤(三浦春馬)が務める会社の先輩・藤間(原田泰造)の家庭トラブルがどうやってひとつの物語に繋がっていくのか。
見ていくうちに話を追いかけるのが楽しくなってきます。
Netflixドラマ『全裸監督 シーズン2』(2021年)への出演も記憶に新しい恒松祐里が重要な役で出演しているのも見どころです。
伊坂幸太郎×斉藤和義が生んだ書き下ろし主題歌「小さな夜」
もともと本作の原作は、伊坂幸太郎と「歌うたいのバラッド」「やさしくなりたい」で知られるシンガーソングライター斉藤和義の出会いから生まれたものです。
伊坂作品の映画化『フィッシュストーリー』『ゴールデンスランバー』でエンディングテーマを提供したことで続いたこのコラボ。
この『アイネクライネナハトムジーク』の映画版でも斉藤は、劇中音楽と主題歌「小さな夜」を書き下ろしています。
本作のサウンドトラックは単独の作品としてもリリースされているので、映画本編とともに併せてお楽しみください。(※こちらから音楽ストリーミングサービス「Spotify」のサントラページにリンクします)
映画『アイネクライネナハトムジーク』作品情報
監督:今泉力哉
出演:三浦春馬、多部未華子、矢本悠馬、森絵梨佳、恒松祐里、貫地谷しほり、原田泰造 ほか
制作国:日本
上映時間:119分
知られざる日本の歴史を描く『映画 太陽の子』で人気俳優の柳楽優弥と有村架純が感じた“変わらない気持ち”