戸田奈津子のスターこのひとこと:『ザ・ユナイテッド・ステイツvs. ビリー・ホリデイ』
© 2021 BILLIE HOLIDAY FILMS, LLC.
『ザ・ユナイテッド・ステイツvs. ビリー・ホリデイ』

■2月11日(金)新宿ピカデリー他、全国公開
配給:ギャガ

【STORY】ビリー・ホリデイは大人気ジャズ・シンガーの1人。しかしある日、夫とマネージャーから「奇妙な果実」は歌うなと言い渡されてしまう。ビリーは大切な歌だからと抗議するが…。

このコーナーでは、字幕翻訳家の戸田奈津子さんが最新映画のセリフから、「生きた英語」を学ぶヒントをピックアップしていきます。

 1959年に44歳の若さで亡くなった天才ジャズシンガー、ビリー・ホリデイ。その人生はダイアナ・ロスが見事なパフォーマンスを披露した『ビリー・ホリデイ物語 奇妙な果実』(1972年)でも描かれましたが、ほんの表面だけだったようです。イギリスの人気作家ヨハン・ハリの綿密な取材による『麻薬と人間 100年の物語』を原作とした本作では、黒人差別を告発した楽曲「Strange Fruit(奇妙な果実)」を歌い続けた闘士ビリー・ホリデイの真実が綴られています。今なお歌い継がれているこの名曲は、白人のリンチによって虐殺された黒人の死体を果実になぞらえた歌詞が、壮絶にして痛烈! “人種差別の撤廃を求める公民権運動を煽る”という理由から、歌うなと命令する連邦政府に公然と抵抗する姿に心揺さぶられ、差別が横行する理不尽な時代に怒りが募るばかり。ホリデイを演じたシンガーのアンドラ・デイの演技も歌唱力も素晴らしい。パンチのある一作を堪能しました。
 物語は、ホリデイがすでにスター歌手として脚光を浴び始めたころから。フレーズは、彼女が大物ミュージシャンと共演していることを強調するマネージャーのセリフ。

マネージャー:She played the likes of Louis Armstrong.

彼女はルイ・アームストロング級の連中と演奏してきたんだぞ。

 <the likes of〜>は、「~と同じ種類の」「~と同じクラスの」。使い方は、「Don’t go out with the likes of Jimmy, the dropout.(ジミーみたいなはぐれ者と付き合うんじゃないぞ。)」など。
 ホリデイを危険視した連邦政府は彼女を麻薬使用者の罪で追い詰めようと画策。連邦麻薬取締局のハリー・J・アンスリンガー長官がさまざまな罠を仕掛けます。そのひとつが、熱烈なファンを装った黒人捜査官ジミー・フレッチャーの接近。シーンは、ジミーがおとり捜査官になったことを知らない母親が、定職につかない息子にお説教。

母親:Your father would turn in his graves.

お父さんが墓の下できっと嘆くよ。

 <turn in one’s grave>は、「墓で寝返りをうつ」=「死んだ人が嘆く」の意味。土葬が多い土地柄で生まれた、怖い表現ですね。
 体をなぞらえたフレーズをもうひとつ。ホリデイにドレスをねだられた夫モンローが。

モンロー:It(The dress)will cost me an arm and a leg.

そんなドレス、腕と足をもがれるほど高価だぞ。

 <cost an arm and a leg>は、日本語なら「~目玉が飛び出るほど高い」「~大変な犠牲を払う」となります。たとえば、「They charged me an arm and a leg for that lousy dinner.(あんなまずい食事に、とんでもない額を払わされた。)」のように使います。
 さて、レズビアンとの関係も隠すことのなかったホリデイは、人種差別のみならず性差別とも闘った強い女性。男性の趣味の悪さはともかくとして(笑)、そのブレない姿はあっぱれです。ちなみに、私が昨年11月に上梓した『枯れてこそ美しく』(集英社刊)で、対談をさせていただいたコロンビア大学名誉教授の村瀬実恵子さんもステキな“ブレない女性”。性差別と闘うリベラル派判事として有名なルース・ベイダー・ギンズバーグと数年違いで同じ大学の美術史考古学部で学んだ村瀬さん。博士号取得後は教鞭をとりながら「てんこ盛りの差別」も経験しつつ、メトロポリタン美術館の特別顧問などを歴任。97歳になった今も、ニューヨークに1人住まいをして、世界に日本美術の素晴らしさを紹介し続けていらっしゃる。強い意志を持ってブレずに我が道を歩いている女性は、今も昔もたくさんいるのです。ステキでしょ。

▽黒人解放運動の指導者マルコムX を描いたスパイク・リー監督作

『マルコムX』より

デンゼル・ワシントン演じるマルコムが、インタビューで、“X”を名乗る理由を問われて。かつての奴隷たちの名前の由来から説明するセリフ。

During slavery time, the slave master named the so-called Negro after themselves.

奴隷制時代、奴隷の主人は、いわゆるニグロたちに自分の名前を与えました。
Point

ポイントは<name…after~>は、「…に~の名前をつける」「…にちなんで~の名前をつける」。例としては「I named my cat Tom after Tom Cruise.(トム・クルーズにちなんで、猫にトムって名前をつけたんだ。)」。覚えておきましょう。

(情報は記事公開時点の内容です)

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