戸田奈津子のスターこのひとこと:Pick Up Movie『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』
テリー・ギリアムのドン・キホーテ

配給:ショウゲート

【STORY】スランプに陥ったCM監督のトビー。嘆く彼にボスは怪しげなDVDを手渡す。しかしそれは、トビーが学生時代に監督した映画『ドン・キホーテを殺した男』で…。

 このコーナーでは、字幕翻訳家の戸田奈津子さんが最新映画のセリフから、「生きた英語」を学ぶヒントをピックアップしていきます。

 テリー・ギリアム監督の待望作『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』。どのくらい“待望”なのかといえば、1989年に企画を立ち上げ、ようやく2000年に初のクランクインとなってから自然災害でセットが破壊されたり、主演俳優が病気で降板したりと、さまざまなアクシデントに見舞われて……完成は30年後の今に。凡人なら、とっくに諦めてしまうところですが、そこは世界の映画人から敬愛を込めて“鬼才”と称されるギリアム監督。執念で、いかにも彼らしい秀作を披露してくれました。
 綴られるのは、自分を遍歴の騎士ドン・キホーテと信じた男とCMディレクターのトビーとの冒険物語。夢と現実の世界を交錯させた作りは、最初はちょっとわかりにくい。それでもその妖しげで美しい世界に身をゆだねると、高い芸術性と映画愛と深いメッセージが感じられて目が離せなくなります。例えば、映画のラストにも映画愛が。まず主人公が夕陽に向かって去っていくのは、往年のハリウッド映画の定番ラストシーン。本作でも、奇妙な旅を経験して自分をドン・キホーテだと思い込んだ男が夕陽に向かって歩きながら美しい恋人アンジェリカに。

This is the beginning of a very interesting and new relationship.

これは実に興味深くも新しい関係の始まりだ。

 これは、名作『カサブランカ』(’42年)のラストで、酒場の経営者に扮したハンフリー・ボガートが警察署長に「This is the beginning of a beautiful friendship(. これは美しい友情の始まりだ)」という<映画の名台詞>のパクリ。オマージュを捧げています。男と男の場合は<friendship=友情>ですが、男と女の場合は<relationship=恋愛関係>を意味します。旅の途中でトビーが無茶なことを言うと、ドン・キホーテがよく口にするセリフにも注目。

How dare you suggest such a thing!

よくもそんなことを口にできるな!

 <dare>は、「あえて〜する」「恐れずに~」「生意気にも〜」。例えば、「How dare you come here!」は、「よくも、ここに来れたな!」「どの面下げて、ここに来た!」。ここで注意するのは<dare>の後に<to>を付けないこと。英文の常識では、1つの文章に二つの動詞を入れてはいけません。それに従えば「How dare you “to”come here!」となるはずですが、<dare>に限っては例外。<dare>の後の動詞には<to>をつけません。
 さて、テリー・ギリアム監督とは数回お会いしていて、その作品はもとより人柄にも魅了されっぱなしです。外見はちょっといかついけれど、すぐにケラケラと笑いだし、クククッと含み笑いしながらジョークを連発。しかも、その内に秘めた「妥協を許さない芸術家の良心」は並々ならぬものがあり、私がギリアム監督を限り無く尊敬するのは、その点なのです。かつて『未来世紀ブラジル』(’85年)でFINAL CUT(作品の最終編集権)をめぐって、自分の主張を一歩も譲らずに配給会社と闘争を展開。その詳細を「BATTLE OF BRAZIL」という本に書かれてしまったほどの攻防を経て、ついに勝利を勝ち取ったのは、映画史に残る快挙。当時、「ギリアム監督は妥協しない。怒らせるとまずい」という評判がハリウッドに定着しましたが、何しろ作る作品が素晴らしいから、映画会社も無視はできない。ご本人は「おかげで仕事がやりやすくなった」とニンマリ。ちなみに、自らの制作会社に<Poo Poo(ウンチ)production>と名付けていて、その理由を問うと。「大手映画会社の重役たちが会議の時に、“ウンチ・プロダクションの企画だが”と真面目な顔で言うのを想像すると愉快だろ」といたずらっ子のように笑っていました。反骨精神をユーモアで貫くギリアム監督。本作の絢爛豪華にして宮殿のパーティや混沌としたカーニバルのシーンを見ながら思い出したのは、いつも製作費集めに苦労しているけれど、「僕は、安いものをリッチに見せるのが得意なんだ」と繰り返し言っていた言葉。納得です。

▽ギリアム監督がブルース・ウィリスを起用したSFアドベンチャー

『12モンキーズ』より

ブルース・ウィリスが演じるのは、ウィルス蔓延の原因を探るために過去に送られるコール。セリフは、ウィルスを散布した秘密組織<12モンキーズ>のリーダーとされるジェフリーがコールに叫ぶ謎めいた言葉。

Monkey business. Monkey business. (Throws a key)Fetch! Get it? Monkey. Mon-key! Mon-key!

モンキー・ビジネス。モンキー・ビジネスだよ。(キーを投げて)取って! わかったかい? モンキー。モン・キー! モン・キーだよ!
Point

 この作品のセリフには、いろんな伏線や落とし穴がいっぱい。Monkey businessとは「インチキ」「ペテン」ですが、コールは追っている秘密組織<12モンキーズ>のことだと誤解。ところがジェフリーにそんな意図はなく、monkeyのkeyを(鍵)に掛けて、鍵をコールに渡そうとしているのです。

(情報は2020年2月の記事公開時点の内容です)

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