戸田奈津子のスターこのひとこと:Pick Up Movie『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
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フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊

■2022年1月28日(金)より全国公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

【STORY】
フランスの街に編集部を構える雑誌「フレンチ・ディスパッチ」は、独創的な記事が誇りの人気雑誌。しかしある日、編集長が心臓まひで急死。彼の遺言により雑誌の廃刊が決まり…。

このコーナーでは、字幕翻訳家の戸田奈津子さんが最新映画のセリフから、「生きた英語」を学ぶヒントをピックアップしていきます。

 いかにもインテリで抜群のセンスを持つウェス・アンダーソン監督の“粋”をギュっと詰め込んだ『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』。前作のアニメーション『犬ヶ島』(’18年)も、その前の『グランド・ブダペスト・ホテル』(’14年)も、すごく面白くて、大好き! 私は、アンダーソン監督の長年のファンです。とはいえ、今作はエピソードも構成も映像もさらに凝りに凝りまくって面白いけれど、万人ウケはハードルが高いかも? すべてがおしゃれでハイブロー。あまりに多様な要素がちりばめられているので、隅々まで堪能するにはリピート鑑賞がオススメです。
 時代は、20世紀。舞台は、架空の街アンニュイ=シュール=ブラゼにある米国新聞社の支社が発行する雑誌「フレンチ・ディスパッチ」編集部。物語は、1つのレポートとそこに寄稿する3人の個性豊かな記者のコラムが綴られるオムニバス。例えば、服役中の天才画家が衝撃の作品を誕生させる逸話や、高潔なジャーナリストが学生運動のリーダーと出会って綴る“学生運動の日記”など。
 今回ピックアップするフレーズは、オスカー女優フランシス・マクドーマンドが演じるジャーナリスト、ルシンダのセリフ。独身主義を貫いている彼女は、友人から<old maid(オールドミス)>と言われご立腹。彼女いわく。

ルシンダ:I’m not an old maid. Take me at my word.I live by myself on purpose!

私はオールドミスじゃないわよ。私の言葉を信じて。自分の好きで独り暮らしをしているの!

 まず、日本語の「オールドミス」が差別用語になったのと同様に英語でも<old maid>も今は使ってはいけません。要注意です。
 <take(someone)at (someone’s)word.>は、「(誰々の言葉を)本当と信じる。」の意味。たとえば「I love you. Take me at my word.(君を愛している。僕の言葉を信じて。)」というふうに使います。このセリフの中で、もうひとつ覚えておきたいのは<on purpose>。<purpose>は「目的」ですが、<on>が付くと「わざと」「故意に」となります。例文としては、「He stepped on my toes on purpose.(彼ったら、わざと私の足を踏んだのよ。)」。
 インテリなルシンダのセリフのなかには、まだまだ覚えておくと便利なフレーズがあります。『DUNE/デューン砂の惑星』(’21年)で脚光を浴びているティモシー・シャラメが演じる学生運動のリーダーが扇動した大規模なストによって街が機能しなくなってしまう。そんな状況を見たルシンダは「果たして街は正常に戻るのか……」と嘆きます。

ルシンダ:What will normal reality be? Anyone’s guess.

正常な現実って、どうなるのかしら? それは誰にも分からない。

 <Anyone’s guess>は、「あらゆる人の推定通り」→「正解はない」「誰にもわからない」「予測不能」の意味に。そう、今の私たちの状況を考えれば、コロナ収束後の世界も、まさに<Anyone’s guess.>です! ウェス・アンダーソン監督とはかなり昔に、「とても才能のある若者だから、会ってみて」とフランシス・フォード・コッポラ監督に紹介されてからのお付き合い。もともとアンダーソン監督はコッポラ監督の次男ロマン・コッポラと共に映画作りに励むお仲間で、『ムーンライズ・キングダム』(’12年)で共同脚本、今作では原案&製作総指揮も担当しています。いわば、アンダーソン監督はF・F・コッポラ監督の弟子ですから、師匠と同様に黒澤明監督を敬愛しまくり。私が黒澤監督にちょっとご縁があったことを知り、「ぜひ監督の描いた絵、もしくは絵コンテでもいいから手に入れたい」と頼まれました。困難ではあったのですが、絵コンテを1枚入手。それを手に跳び上がって喜んでいたウェスの笑顔が忘れられません。

▽ウェス・アンダーソン監督と英国演技派レイフ・ファインズがコラボ!

『グランド・ブダペスト・ホテル』より

レイフ・ファインズが演じた伝説のコンシェルジェ=グスタヴが上客の殺害容疑で服役中に、ホテルのスタッフ宛に書いた手紙の一節。

I miss you deeply. Keep the hotel spotless and take extra care of every bit of it.

君たちがとても恋しい。ホテルを一点の汚れもないように保ち、隅々まで、念には念を入れた手入れを怠らないように。
Point

日本語の訳が状況によって違ってくる<I miss you>にご用心。この手紙の場合は、仲間に会えないグスタヴからなので「君たちが恋しい」。ところが友達と別れるときに言えば「寂しくなる」、逆に再会したときの<I miss you>なら「寂しかった、会えて嬉しい」となります。

(情報は記事公開時点の内容です)

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