「池波正太郎生誕100年企画」として松本幸四郎主演の『鬼平犯科帳』とともに華々しく発表された豊川悦司主演『仕掛人・藤枝梅安』。大きな話題となった劇場版二部作のテレビ初オンエアを前に、新たな梅安に取り組んだ感想を伺った。
「池波先生の原作に立ち返るのがコンセプト 梅安を1人の人間として描き直したい」
この藤枝梅安という役は、俳優のものというより、映画の観客、あるいは原作小説の読者のものである、と思います。みなさんがそれぞれ梅安のイメージを持っていますから。その人たちの理想にどれだけ近づいて、どれだけ添い遂げることができるか。それが演じる上でのテーマでした。梅安は緒形拳さんをはじめとして、たくさんの先輩方が演じてこられた素晴らしいキャラクターです。それを僕がどんな新しいアプローチで役を構築し直すのか。新しい梅安像を作ることにどれだけの意味があるのだろう? と、最初は悩んだところがありました。新しいことを採り入れながら、守らなければいけない部分は守る。過去に名作と呼ばれた作品の役を演じる時には宿命のように付きまとうことです。 今回は「池波正太郎先生の原作に立ち返る」ということがコンセプトでした。何度も映像化されるなかで、ともすればひとり歩きしていた梅安のキャラクターを、池波先生の世界に沿って1人の人間としてもう一度描き直そう、と。これは自分に言い聞かせている部分もありましたが、役者が変わればキャラクターも必ず別物になるはずです。他の役者さんが演じてきた役を引き継いだ自分の経験値を信じて、臆することなくやろうという意識で臨みました。
ダークヒーロー・藤枝梅安「勧善懲悪に疑問を投げかけるキャラクター」
「藤枝梅安はダークヒーローである」というのは、小説で最初に登場した時からそうなのだと思います。もちろん昔はそんな言葉はありませんでしたが、池波先生はきっとそういうつもりで書かれたのではないかなと。梅安はわざと裏道を行くような人物で、『鬼平犯科帳』や『剣客商売』とは作品の色合いがくっきりと異なります。正義のヒーローが活躍しているその一方で、実は裏に回れば社会にはこういう側面もあるという、影の部分を背負わされている。それが藤枝梅安だという気がしました。 最近のアメコミ映画ではダークヒーローでもいいという社会の機運のなかで『JOKER』という映画が生まれました。ジョーカーは悪いほうへ行ってしまいましたが、バットマンもダークヒーローです。同じように、単純な勧善懲悪が多い時代劇のヒーローに対して、そうではないだろうという疑問を投げかける。そんな存在として梅安がいたのだと思います。原作の梅安は寡黙で何を考えているのかよくわからない印象がある。僕が演じるならばドライに、ミステリアスさも加えて演じたい。言い換えれば、梅安という人そのものに共感してもらわなくてもいいのではないか。監督とはそういう話をしながら進めていきました。
現代劇にはない芝居のテンポ「片岡愛之助さんの芸に学んだ」
時代劇の演技では、激しい立ち回り以外は素早く動くことはありません。そのスピードで動くことによって、現代劇にはない、独特のテンポが生まれる。この芝居の「間」については現場で監督とも話しましたし梅安の相棒・彦次郎役の片岡愛之助さんは、歌舞伎にとどまらず、映像においても時代劇の世界を演じるという点でたくさんのスキルと経験を持っていらっしゃるプロ中のプロです。片岡愛之助という人のお芝居、芸を間近で見て学ぶということそのものが、梅安というキャラクターを作る上で役に立ちました。宮本まさ江さんが2人の性格を意識して衣装をデザインしてくれて、それもとても合っていたと思います。 実際に演じてみて、梅安は思っていた以上に完成されたキャラクターだと感じました。梅安には鍼医者と仕掛人という2つのまったく違う顔があって、しかも本人はそれを受け入れて生きている。そこがすごい。普通は葛藤するところだと思いますが、彼は彼の中で納得しているから、人格をコントロールできない「ジキルとハイド」とは違う。まったく違う人格が1人の人間のなかに存在していて、必要に応じて切り替えていく。そういう意味では、実は「ウルトラマン」が近いのかもしれない。とてもよくできたキャラクターです。役者冥利に尽きる役でした。
時代劇ならではの世界、映画の醍醐味「テレビで観ても映画のスケールは小さくならない」
映画館で観た映画を改めてテレビで観ると、同じ作品でも同じ印象にはなりません。もちろん映画館のスクリーンで楽しんでもらえるように作ってはいますが、だからといってテレビで観るとスケールが小さくなるということはまったくないと思います。「江戸時代とは一体どういう時代だろう」という壮大な課題と向き合って作った画面には隅々まで細かいこだわりがありますし、映画館で観た方でもきっと新しい発見があるはずです。特に今回は撮影と照明部が素晴らしい絵作りをしてくれました。VFXを駆使して、誰も観たことのない江戸の風景を作り出しています。手前の人物を引き立てながら、人物と風景を額の中に美しく収めた一枚絵。あれはまさに「見たことのない世界を見せましょう」という、時代劇ならではの世界、映画の醍醐味だと思います。 このほかに注目していただきたいのは、「言葉では説明できないし、説明しなくてもいい表情」です。因縁の宿敵と偶然出くわしたり、運命の相手と初めて会ったりした時の梅安の目。このあたりはむしろテレビだからこそ、じっくりと観ていただける部分があるのではないかなと。テレビだと画面を止めることもできますから、そのくらいハマって観てもらえたらとてもうれしいです。
【プロフィール】
豊川悦司
ETSUSHI TOYOKAWA 北野武監督『3-4X10月』(90年)で注目され、『NIGHT HEAD』(92〜93年)『愛していると言ってくれ』(95年)などのTVドラマで人気を博す。近年もNHK朝の連続テレビ小説『半分、青い。』(18年)やハリウッド映画『ミッドウェイ』(20年)への出演が話題となった。その他の作品に『今度は愛妻家』(10年)『キングダム2 遥かなる大地へ』(22年)ほか。最新出演映画『リボルバー・リリー』が8月11日より公開中。
Text:真鍋新一 Photo:平野司 ヘアメイク:山﨑聡(sylph) スタイリスト:富田彩人
TV初放送
放送チャンネル:時代劇専門チャンネル
2023年9月24日午後7:00~9:30
2023年/日本
監督:河毛俊作
出演:豊川悦司、片岡愛之助、菅野美穂、早乙女太一、小野了、高畑淳子、小林薫、柳葉敏郎、天海祐希 ほか