戦前の時代劇から生まれたまさか!のコメディ 『丹下左膳余話 百萬両の壺』

「古い映画は画質も悪いし、セリフは聞き取れないし、テンポが悪いし、白黒だし……」
次々と新しく、刺激的な映画が作られ続ける今、わざわざ古い映画を選んで観ようという人は少ないかもしれません。
しかし、映画好きならこの1本だけはぜひチャレンジしてほしい、という映画があります。
天才と呼ばれながらも若くして戦病死し、映像が現存しているのはわずか3本しかない伝説の映画監督・山中貞雄の傑作『丹下左膳余話 百萬両の壺』です。

戦前のダークヒーロー・丹下左膳

いわゆる“戦前”の日本では、作られる映画は圧倒的に時代劇が多く、今で言う「アクション映画」のように多くの「チャンバラ映画」が作られました。
なにせ江戸時代が終わってからまだ60年ほどしか経っていない時代です。

そんななか生まれたヒーローが、隻眼隻手(片目、片手のこと)のサムライ・丹下左膳(たんげ・さぜん)。
新聞の連載小説『新版大岡政談』に初登場し、その独特なビジュアルが描かれた挿絵のインパクトもあってか、本来の主役であった名奉行・大岡越前(こちらも時代劇では定番のキャラクター)を上回る人気を集め、スピンオフのような形でたちまち多くの映画が作られました。

丹下左膳というキャラクターは、仕えていた藩に裏切られて右目と利き手の右腕を失い、武家社会への激しい恨みと底知れぬ虚無を抱えながら剣の腕を奮い続ける……という設定の人物です。
アメコミでいえば『バットマン』、日本でいえば『デビルマン』といった、「ダークヒーロー」の先駆け的な存在でした。

原作者から酷評された異色のコメディ篇

そんな丹下左膳が『丹下左膳余話 百萬両の壺』ではどのように描かれているのかというと、矢場(今でいうゲームセンター)の女主人の世話になりながら用心棒をしている飲んだくれの浪人というまさかの設定でした。
この映画を観た原作者の林不忘(はやし・ふぼう)は「この作品はわたしのつくりだした丹下左膳とはまったく違う」と映画会社に抗議し、タイトルに「余話」(こぼれ話という意味)が追加され、原作者のクレジットも外れてしまうというトラブルがあったほどでした。

しかし、それはあまりにも『丹下左膳余話 百萬両の壺』が時代の先を行き過ぎていたからでした。
なんといっても、コメディに不似合いの硬派なヒーローが怖い顔をしてコメディをやるのが本作の面白さです。
左膳は偏屈な性格ながらも人情味あふれる人物として描かれており、女主人と絶妙なテンポで口喧嘩をしたり、ヘソを曲げて寝転がったりする様子はもはや、“ツンデレキャラ”を70年先取りしたと言っても過言ではありません。

『丹下左膳余話 百萬両の壺』のストーリーと見どころ

百万両のありかが塗り込められているという壺が、ひょんなことから江戸のクズ屋(今でいうリサイクルショップ)に売られてしまい、その壺の持ち主である大名一家と手下たちが江戸に乗り込んできました。
その壺を手に入れた少年と、彼を保護することになった左膳と女主人は、壺をめぐる騒動に巻き込まれてしまいます。

運命的な行き違いに翻弄され、壺が次々と人の手を渡っていく序盤から大胆な場面の省略が積み重ねられ、これだけで、山中貞雄監督がいかに優れたセンスを持っていたかがよくわかります。
たしかに白黒で画質は良くありませんし、セリフも聞きづらいところがありますが、「昔の映画はテンポが遅い」という思い込みはこの1本で吹き飛びます。
大名の弟役を好演しているのは名優・津川雅彦の実父である沢村國太郎。
彼のとぼけた演技にも注目です。
ぜひお試しください。

配信情報

『丹下左膳余話 百萬両の壺』は、Amazon Prime Videoにて配信中。


また、日本映画専門チャンネルでは、現存する山中監督作品の1本である『人情紙風船』を7月4日(日)にTV初放送します。
こちらでは放送終了後に、『人情紙風船』を“人生の1本”と語る山下達郎の音声コメントもOAされますので、この機会にあわせてチェックしてみてください。

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