戸田奈津子のスターこのひとこと:『スワンソング』
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スワンソング

■2022月8月26日(金)より、シネスイッチ銀座、シネマート新宿、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開 
配給:カルチュア・パブリッシャーズ

【STORY】オハイオ州の町で静かに余生を送っていたパトリック。しかし、パトリックの心には過去の思い出がつねに去来していた。そんなある日、彼の元に弁護士のシャンロックが訪ねて来て…。

このコーナーでは、字幕翻訳家の戸田奈津子さんが最新映画のセリフから、「生きた英語」を学ぶヒントをピックアップしていきます。

 以前に、「タイトル=原題でも英語は学べる」と書いたことがありますが、今回の『スワンソング』(SWAN SONG)も、その好例です。白鳥は、普段はあまり鳴かないけれど、「死を前にすると、最も美しく歌う」という伝説があり、そこから詩人や作曲家や演奏家など、とくに芸術家たちの「最後の作品」が「スワンソング」と呼ばれるようになったのです。たとえば「『The Imaginarium of Doctor Parnassus』 was Heath Ledger’s swan song.(『Dr.パルナサスの鏡』はヒース・レジャーの最後の作品になった。)」といえば、英語ならではの表現になります。
 さて、本作で「最後の作品」を遺すのは、かつては町でいちばんの人気を誇ったヘアメイクドレッサーのパトリック(通称:ミスター・パット)。
 物語は、老人ホームで退屈な日々を過ごしていた彼のもとに、元顧客のリタの遺言で「死化粧をして欲しい」という依頼が舞い込んだところから。
 まず、メイク道具を調達しようと元弟子のディー・ディーが経営する美容院へ。すると、ディー・ディーがパットに向かってひと言。

ディー・ディー:Rita kicked the bucket this week.

リタは今週、くたばったのよ。

 <kicked the bucket>は、「バケツを蹴る」→「死ぬ、くたばる」の意味。つまり、首吊り自殺をする時に、バケツの上に乗ってから、そのバケツを蹴って死ぬところから生まれた表現ですが、もちろんショッキングな表現なので、使うにはTPOに注意が必要です。
 次に紹介するのはコンビニでタバコを買うパットと店員の会話。

店員:Moers? For real?

モア? マジかい?

パット:Two more packs for the road.

帰る前に、もう2箱もらおう。

 人気のない古い銘柄のタバコ「モア」を買うパットに驚いた店員が言う<For real?>は、疑いを込めた疑問。「You’re marrying that guy? For real?( あいつと結婚するの? それ本気?)」。「For real?」は、「マジ?」「本気?」「真剣に言っている?」の感じです。また、パットの言う<for the road>は「帰り道のために」から転じて「別れる前に」という意味。
 「Let’s have one more beer for the road.(最後にビールをもう一杯飲もう。)」などは、みなさんもすぐ使えますよ。
 ちなみに、<for the road>のフレーズで私が思い出すのは、フランク・シナトラが歌う名曲『One For My Baby(and one more for the road) 』。独りバーで飲んでいた男が「One more for the road(最後の一杯を注いでくれ)」と注文する、大好きな曲です。私がいつも最高の歌手と思っているのは男性ならフランク・シナトラ、女性ならバーブラ・ストライサンドなのです。
 もちろんレコードもほとんど持っているのですが、最近のコロナ禍であまり外に出られなくなってからは、YouTubeやNetflixなどで彼らのライブ・コンサート映像をあれこれチェックして、楽しんでいます。オススメですよ。
 さて、パットを演じるウド・キアーはお会いしたことはありませんが、端正な顔をした不思議な存在感のある巧いバイプレイヤーとして認識していました。ゲイカルチャーを懐かしむ作風の本作でも、ゲイのヘアメイクドレッサーにもなりきって、リアル度満点。びっくりしたのは、ある大物の女優さんが来日するたびに同伴していたヘアドレッサーに体型も仕草もしゃべり方もそっくりなこと。キアーの徹底した役作りがうかがえます。

▽世界で初めて性転換手術を受けた画家が主人公の人間ドラマ

『リリーのすべて』より

1920年代に、性同一性障害に目覚めて男性から女性へと変貌する夫と、その思いを理解し受け止める妻の慈愛を描いた作品。性転換の手術が終わったあとのシーンで、見守り続けてくれた妻に夫が言う台詞より。

How have I ever deserved such love?

私って、これだけの愛に値する何をしたのかしら?
Point

<deserve~>は「~に値する」。つまり「私はあなたの深い愛に値するだけのことをしたのか。」という熱い想いを表したドラマチックな台詞。応用の効くフレーズですから、インプットしておきましょう。

(情報は記事公開時点の内容です)

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