■5月14日(金)、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー
配給:ショウゲート
【STORY】ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは、少しずつ記憶が薄れ始めてきていた。そんな父の姿を心配して、娘のアンは介護人を手配。しかし、アンソニーに拒否されてしまう。ある日、新しい恋人とパリで暮らすとアンに告げられ、ショックを受けるアンソニーだったが…。
このコーナーでは、字幕翻訳家の戸田奈津子さんが最新映画のセリフから、「生きた英語」を学ぶヒントをピックアップしていきます。
アンソニー・ホプキンスが史上最高齢の83歳にして、2度目のアカデミー賞主演男優賞を受賞した『ファーザー』。彼は、長年にわたり名優と崇められてきた<英国の宝>ですが、本作ではその称賛に輪をかけた名演をまたも披露して、心を大きく揺さぶってくれます。
演じるのは、81歳のアンソニー。独り暮らしの彼の世話をするのは娘のアン。物語は、認知症で歪む老人の断片的な記憶と妄想を綴る迷宮世界。不意に現れた男は誰なのか? 愛用の時計は誰が盗んだのか? この女は娘なのか、介護人なのか……? つじつまの合わない出来事に猜疑心をつのらせ怯えるアンソニーの世界は、認知症を内側から体験しているようで、ある程度の年齢の方なら「明日は我が身」と身につまされるはず。それにしても、アンソニー・ホプキンスの演技の凄いこと! しかも、プレスのコメントによれば「演じるのは簡単だった。同年代の役だからね」とは、驚くばかりです。
フレーズは、アンソニーが「私のフラットに居る男は誰だ?」といぶかるシーンから。<フラット=flat>は「apartment(アパートメント)」のことで英国独特の表現。ほかにも<elevator(エレベーター)→lift(リフト)>、<washroom, toilet(トイレ)→loo(ルー)>、<subway(サブウェイ)→tube(チューブ)>などがあり、知らないと戸惑いますね。
さて、うるさいほどに世話を焼く娘に、アンソニーは同じ言葉を繰り返します。
I can manage very well on my own.
私は独りで、ちゃんと暮らしていけるよ。
<on my own=自力で、自活して、自分で>。
また、見知らぬ男にアンのことをグチるセリフにも、注目のフレーズが。
Ann is cooking up something against me.
アンはわたしに対して何か企んでいる。
<cook up>は「料理を作る」ですが、「でっちあげる」「ごまかす」といった意味もあり。「They cooked up an evil plan.(彼らは凶悪なプランを考えた。)」、「Let’s cook up someexcuse.(何か言い訳を考えようぜ。)」など、違ったニュアンスになります。
アンソニー・ホプキンスの初来日は、1997年に日本で公開された『遠すぎた橋』。リチャード・アッテンボロー監督と出演者が揃った記者会見のみで、ゆっくりお話はできませんでした。次にお会いしたのは、アカデミー賞主演男優賞を獲得した『羊たちの沈黙』(1991年)の続編『ハンニバル』(2001年)を携えての来日。インタビューの通訳をさせていただいた第一印象は、気取りがなくて、素敵な方。知っての通り、英国王室から「Sir(サー)」の称号を与えられているので、お会いする前に同行のPR担当に「サー・アンソニーと呼びかければいいの?」と尋ねると「とんでもない! 彼はそう呼ばれるのが大嫌い。トニーでいいのよ」。そこで、私も気安く「トニー、トニー」と呼ばせていただきました。ただし、人間に対する好き嫌いがはっきりしていて、インタビュアー泣かせの面も。
たとえば殺人鬼ハンニバル・レクターの役作りとか、ハンニバルと自分の共通点をきかれても、「ボクは役者で、彼を演じただけ。それが仕事だからね」とそっけない。そこで、メゲずに「あの場面では……」と食い下がっても「あなた、映画を見たでしょ。その質問には、あなたが答えなさい」とくる。
やはり、一筋縄ではいかない曲者ではありました。
▽実在の人物をアンソニー・ホプキンスが演じたヒューマンドラマ
『世界最速のインディアン』より
ニュージーランドに住む老人バートは、1920年型の改造バイクでアメリカの塩平原を走り、1000cc以下のオートバイの地上最速記録保持者に。その実在した人物バート・マンローのロマンあふれる“金言”のひとつ。
If you don’t follow through on your dreams, you might as well be a vegetable.
自分の夢を最後まで追わない人間は、野菜と同じだな。
「夢を追う」は<follow your dreams>ですが、<through>がつくと「ずっと最後まで」という感じに。<might as well>は全部ひっくるめて、「いっそ~」「~のほうがマシ」という意味だと覚えてしまいましょう。
(情報は記事公開時点の内容です)